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3/01/2008

2008.3 魅惑の蕾、カルチョーフォ

野菜のフォルムからデザインのアイデアを。魅惑の蕾、カルチョーフォ

いよいよ春も本番。イタリアでも街路に桜や梅(といっても日本の梅は、手に入らない様で杏やプルーンの樹である確立が高い)、そしてミモザが咲き誇り、メルカートの雰囲気も街の色も明るくなってまいりました。ミラノサローネへご出発の皆さんは、準備OKですか?今年は航空券も高く、それなのにホテルの予約も更に困難だという話を聞きました。見本市会場の外、あんなに空いたスペースがあるのだから、キャンピングカーをみっちり停めて簡易キャンプ場にすればどんなに儲かる…いや、若いデザイナーさん達が助かるか…なんて考えるのは私だけでしょうか?

 春野菜に心ときめく

ここまで書きながら、手をしばし止め、近所の八百屋に行ってまいりました。今本棚が足りず、しかし買うと高いだけで部屋にあわないので、MIRRO2号の提案で果物の木箱を八百屋兼果物屋に行ってもらって来るという計画を実行しております。親切な八百屋さんは“3月に入ればアルゼンチン梨が入ってくるけど、その箱ならすごく丈夫で本棚にぴったりよ!”と助言をしてくれ、更に木箱を取っておいてくれました。見たらホントに素晴らしい箱ではないですか!MIRRO2号による本棚ができましたらまたご報告いたしましょう。
 さて、京都に京野菜があるように、見知らぬ土地に行くと知らない野菜や果物と出会う事が大いにありますね。冬から今の時期にかけて、こちらで良く見られる野菜のひとつにカルチョーフォがあります。朝鮮アザミの食用改良種だそうで、花の巨大な蕾と、その下の茎の部分を食べます。日本にはアメリカから入って来たのかな?アーティーチョークの名前で知られているけれど、お値段も高いのであまり馴染みのない野菜です。しかしこれが、私にとっては病みつきになる美味しさ。今日もまた、ついつい買って来てしまいました。

 味もフォルムも芸術的

 カルチョーフォの形、近いものを表現しなさいと言われれば、蓮の花の蕾でしょうか…。ランプのデザインを探しているとき、美しい蓮型ランプを見た記憶がありますが、調べると、どうやらMATERIALISE.MGXのデザイナー作品だったようです。しかし、どちらかと言うとLilyというランプの方がカルチョーフォに似ているような。去年のサローネサテライトでも、花や自然をテーマにした作品が多数ありました。しかし“カルチョーフォは食べる物”という執拗な目的から、私にとっては花ではなくあくまでも“野菜”美しく美味しい野菜なのです。

そんな美しい野菜からアイデアを得、デザインを起こした有名デザイナーが存在します。大御所ポール・ヘニングセン(デンマーク1894-1967)。ルイスポールセン社と共同で数多くの照明デザインを手がけています。カルチョーフォ型のランプは“PH Artichok”(同社の素晴らしいホームページがあるのでぜひ拡大したり、縮小したりして見てください。下記にリンクをしています)、実際に何枚花びらがあるのか数えた…とは書いていませんが、じっくり観察し研究し生まれた作品であることは、作品自体が物語っています。他にも記憶力を全開にしてみると、デザインの中にも名画の中にもカルチョーフォ…きりがありませんカルチョーフォで本が一冊書けるかも?重いながら食欲も湧いてきます。

二種類の蕾、味も形も違います。

さて、本物のお野菜のカルチョーフォですが、ロマーノ又はマンモレ(辞書で引くとスミレの意味なのですが、八百屋ではこう呼んでいる)と呼ばれる丸っこい花びらのものと、スピノーゾと呼ばれるトゲの付いているものの二種類が見られます。実際は更に細かく種類が分かれるようですが、この2つを押さえていればまずはカルチョーフォ中級者。形から見ると、ヘニングセンのランプはカルチョーフォロマーノのイメージなのでしょう。

(写真はカルチョーフォ・スピノーゾ。ジャガイモと一緒に煮たり、パン粉とオーブンで焼いたり、色々おいしくいただけるのです。)

スピノーゾは特に棘が痛いので、調理の下ごしらえでは、やわらかい花びらが出るまで用心深く外の花びらをはがした上、頭の部分をちょん切って、更に半分に割り、中の綿のようなシベを取り除きます。灰汁もすごいので手が汚れますし、しばらく小麦粉を溶かした水につけねばなりません。生でも食べられますが、くたくたになるまでジャガイモや鶏肉と煮る、オーブンで焼くとホクホクした歯ごたえがたまりません。リゾットもスープもこれまた美味!家で調理する場合は、この喜びの瞬間にたどり着くまでが、なかなか大変なのですが…。

この春ミラノ(と言わずイタリアならどこでも。イタリア以外でも機会があったらぜひ!)に来て、メニューに困ったら、「クアルシアシ、ピアット、ディ、カルチョーフォ~!(何かしらカルチョーフォの料理を~!)」と言ってみてください。売り切れていない限りは、何かしらおいしい一皿が出てくるかと。 

〔参照ホームページ〕

Louis Poulsen

http://www.louispoulsen.com/in/Designers/Poul%20Henningsen.aspx

PH Artichokのページ

http://www.louispoulsen.com/in/Product/Pendants/PH%20Artichoke.aspx?description=
MATERIALISE.MGX
、LOTUSとLILY

http://www.materialise.com/materialise/view/en/114997-Lotus.MGX.html

http://www.materialise.com/materialise/view/en/557533-Lily.MGX.html

 

2/01/2008

2008.02 ミラノは汚染されている?!


 最近引越しをいたしました。ミラノからはちょっと離れましたが、国鉄で一時間圏内(電車が遅れなければの話ですが)。引越しを思い立ったのは、今年がアパートの契約更新の年であったこと、ミラノは家賃が高すぎること、スモッグがひどいこと等、数え上げると限りなくなってくるのですが、ともあれ何とか落ち着いたところです。そう、ミラノの公害は毎度大変な問題になっています。空気汚染が主たる問題なのですが、その汚染の根源は聞くところによると暖房設備などによるもの。自動車の排気ガスも勿論ですが、一番は古い建物が個々の家庭でコントロールできない古いタイプの暖房設備を未だに維持していることではないか?という人が結構います。しかし、それはさておき自動車の排ガスが一番の問題!として(それも勿論一理あるのですが)今年から“エコパス”というものが導入されました。自動車の新車(過去2年内)はエコパスゾーン(ミラノ中心部)への侵入無料、それより古い車はお金を払ってパスを買わなければエコパスゾーンに入れません。規定より古い車はお金を払っても入れません。入ったら罰金!だそうです。多くの人がこのシステムに関して不服を持っているようで、色々な噂を耳にします。エコパスゾーンはかなり小さな範囲。それに規定の時間外なら侵入できる。どう考えても公害を抑えるという目的に適う対策とは思えない!お役所の懐を潤すためのものだ!と言う人、新車を買えない年金生活者で、エコパスゾーンに住んでる人はどうするの!!と言う人などなど様々な論議をかもし出しています。

 時間をかけて修復中のミラノの隠れた宝。

確かにこのエコパス、エコという名前が付く限りはその目的をちゃんと果たすようになってほしいものです。ミラノから少し離れると、確かに空の色が違うような感じがします。建物の壁が同じ材質でも、ミラノのそれほど灰色がかっていないような感じを受けます。過去ミラノ名物であった霧は、一歩前が見えなくなるほどのレベルでめったにこの都市を覆いつくすことはありません。やっぱりミラノの汚染はどうにかしていただきたい問題なのであります!特に歴史的な建造物の保護に、大気汚染って相当なダメージを与えてるのは明らかですよね。何年にも渡って修復が行われているミラノ大聖堂も、磨いた所は美しい大理石の色がまぶしいのですが、古い部分はホントに灰色。修復をはじめたスタートの部分は(それがどこかは知らないのですが!)きっと今、すでに少しずつ黒ずんできているのではないでしょうか?そうだとしたら、この修復って永遠に終わらない大事業になっちゃいますよね~なんて考えたりもして。

そんなグレーな街、ミラノ。イタリア人でもミラノに観光で行くのはナンセンスだ、なぜなら“ミラノは“大聖堂”を見ればあとは買い物だけだものね~”なんて言ってる人がいます。でもまってちょーだい。結構見所はあるのですよ。その一例を今日はちょっとだけご紹介します。微妙に有名なので既にご存知の方もいらっしゃるかと!

サン・マウリツィオ教会 ~Chiesa di San Maurizio al Monastero Maggiore

この1500年代に建築された素晴らしい教会は、とってもアクセスの良いMagenta通りに位置します。ミラノサーローネに行ったことのある方には、きっと馴染み深い乗り継ぎ駅のカドルナから徒歩数分。外装は大変地味ですが、お隣に考古学博物館(以前は修道院の建物だった)があるので発見しやすいかと。なんと言ってもこの教会にはルネッサンスの巨匠、ミラノ、ロンバルディア州ゆかりの画家ベルナルディーノ・ルイーニBernardino Luini(1480-1532)の作品があるのです。教会内にはルイーニ他多くの画家によるフレスコ、油画等が盛りだくさん!ごそっと壁面を覆いつくしています!話はそれますが、私がイタリアに来てはじめてきちんとルイーニの作品を見たのは、何故かイタリアではなくミラノから電車で二時間ほどのスイスの湖畔の町ルガーノのSanta Maria degli Angeli教会でした。“十字架の道行”を描いた大作、絵が教会の中にあるのか教会が絵を覆っているのか解からなくなるほど、その存在感は凄まじく、随分長い間ボーっと眺めてしまった事を覚えています。
 サン・マウリツィオ教会、いまだ修復中なので、一歩教会に足を踏み入れるとすぐに修復のための足場が絵の前に立ちはだかっております。しかし諦めないで、しぶとくその隙間をぬってほぼ全部の絵を見ることは可能です。それら足場に遮られ、さらに奥にまだ見所(l'Aula delle Monache)がある事を忘れてはいけません。奥に入ってすぐ目に入る部分、いわゆる正面には星空の中心に神が描かれ、周囲に四福音史家(福音書記者)と天使のイメージがあり、突然パッと目前に銀河が広がるような気分になります。

さらにその外側には受胎告知のイメージが描かれているのですが、天使ミカエルが左端、聖母マリアが右端のぎりぎりの所に配置されているので、お互いの距離が大変遠い!(うんと離れて今一度全体を見る事をお勧めします。)遠くはなれているけれど、天使側からマリアに向かう小さな天使がいたり、両者の微妙な動きがお互い呼応するように工夫されていたりと、つながりがよくわかる様に描かれていて大変面白い作品です...と、前方だけではなく後方にも見逃せない“最後の晩餐”や“ノアの箱舟”を描いた部分がありますので、閉館時間ぎりぎりではなく、じっくりゆっくり鑑賞できるように余裕を持って訪れる事をお勧めいたします。時折無料コンサートなども行われるそうなので、運良くあたったらこれまたしめたものですね。

ミラノの教会はミラノ大聖堂とサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会を見れば十分!と思っている方、この他にもまだまだ隠れた見所がありますよ!ぜひ一度、素通りせず、ミラノにもじっくり腰を落ち着けて滞在してみてくださいな。

【サン・マウリツィオ教会 Chiesa di San Maurizio】
マジェンタ大通りCorso Magenta 15
地下鉄カドルナCadorna駅下車
開館日時:火-日9:00-12:00、14:00-17:30 月曜日:休館
※2007年12月の時点では上記の開館時間でした。祝日やコンサートなどの時、もしくは修復具合や夏冬と、時間が変更する可能性があるのでインフォメーション等でご確認くださいね。
Wikipedia
にサン・マウリツィオ教会の記事があります。http://it.wikipedia.org/wiki/Chiesa_di_San_Maurizio_al_Monastero_Maggiore

【お知らせ】

翻訳をお手伝いした本が出版されました。公害について今回触れたので、ちょっと関わる部分があるかも?(無理やりです…ね。)都市計画に興味のある方にはお勧めです。

「都市を癒す術」ピエル・ルイジ・チェルヴェッラーティ (著)


http://www.jbook.co.jp/p/p.aspx/3498177/s/




写真1:左:教会内、現在修復中。中:教会奥へ行くにはこのアーチをくぐります。右:神、福音書記者、天使の壁画。
写真2:ノアの箱舟。とても具体的に描かれています。
写真3:最後の晩餐です。(レオナルドではないですよ!)

12/01/2007

2007.12 クリスマス事情

『Buon Natale! ミラノのクリスマス事情その2(一年越し!)』

はやいもので、2007年ももう終わりに近づいてまいりました。去年のこの時期も、AQUENTさんのブログにイタリアのクリスマス事情を書かせていただきましたね。ぐるりと回ってクリスマス。一年っていう時間も過ぎ去ってしまえばホントに“あ”っという間に思えるものですな。

 去年は突然舞い降りたお仕事で、クリスマス前までに納品の版画刷りに精を出していたMIRROですが、今年はクリスマス一週間前にMIRRO2が勤め先から風邪(イタリア人は本当によく風邪をひく…ような気がする)をもらってきたために、家に篭りっきり。おかげさまで実家にも帰れず、壮大なミサが行われるミラノ大聖堂(Duomo)にも、近所の教会にも行けず、ベッドの上で幸か不幸かこれまた突然入った内職と、おかゆディナーで静かなイブを過ごしております。

…それにしても、朝から毎時1発か2発ぐらいの割合で、爆竹の破裂音が何処からともなく聞こえるのには閉口です。中華街のように派手に“パパパパパ~ァァン!バリバリバリッ!!”と連続で点火してくれればこちらも「おぉっ!」っとその気になってくるのですが、“パァァァーン”と一発のみ。かえってドッキリ。心臓に悪いですよ。

プレゼント、もらいますかあげますか?

本日24日。中心街は相変わらずにぎやかなのでしょうが、住宅街は路駐の車もいつもより少なく、先ほど風邪には欠かせぬ!とリンゴを買いに行ったスーパーでも、いつもの混雑振りは見られませんでした。この時期は帰省するかもしくは学校も職場もほとんどお休みなので、家族全員で冬のヴァカンスに繰り出す方々が多いように思われます。『クリスマスは家族(身内)で、復活祭はどなたとでも(好きな人と)。(Natale con i tuoi, Pasqua con chi vuoi)』こんなフレーズをよく耳にするのですが、確かにクリスマスは家族、親戚そろって食卓を囲む家庭が今も多いようです。家族で過ごさないと子供達はクリスマスプレゼントがもらえないから?いえいえ、そんな事はないですよ。プレゼントは幼きイエス様(Gesù Bambino)が持って来てくれるのですから!

サンタクロースも今は一般的ですが、こちらでは、クリスマスプレゼントは幼きイエス様がロバに乗って持って来てくれるものなのだそうです。昔は窓辺にロバのために干草を少し置いておき、翌朝それがプレゼントに変わっているというプロセスもあったようですが、今は干草を手にいれるのはなかなか難しいかと。それはさて置きクリスマスはイエス様の誕生日。その本来の意味を考えると、こちらの方が断然説得力があります。この日に家族で過ごすというのも、聖家族がはじめて子・父・母と揃った日なのですから、これまたやっぱり納得。日本ではなんとなく、ケーキを食べてプレゼントをもらって嬉しい日で終わってしまっていたクリスマスですが、ここに来て納得することばかりです。やぁ、物事にはやはり起源があるものなのですよ~。(注:イタリアでも勿論ご家庭によっては、サンタさんがプレゼントを持って来てくれます。他にもプレゼントを持って来てくれる聖人やキャラクターが存在しますが…それはまた次の機会に。)

何事にも好奇心を持つことは大切!ならばプレゼントの起源は?お誕生日にプレゼントをもらうのなら、私達がイエス様にプレゼントをあげなければいけないのでは?なぜ親しい人にプレゼントを贈ったり、子供がプレゼントをもらったりする日になってしまったの?と、そんな疑問もフツフツとわいてきます。とにかくこちらミラノのプレゼント商戦は、サッカーの試合より激しいものがありますから。「やりすぎ、商業主義に偏りすぎは、勿論よくないけどね。」私の(正確には“皆の”です)師であり友人であり母のようでもあるシスターはこう言います。サンタクロースの起源になったと言われる聖ニコラウスが貧しい娘に金貨をプレゼントしたという話もその起源と言えますが、“イエス様ご自身が私達への贈り物である→頂いたこの大きな贈り物(喜び)を皆に分かち合いたい→プレゼントを親しい人へあげる習慣”という自然な公式が商業主義とうまく絡み合い、今の形になっているという考え方もある。と。またまたやっぱり納得。プレゼントを誰かにあげるとき、何を想像して選ぶのだろう、そしてあげるのだろう。喜んでほしいなという気持ちがなきゃ、プレゼントの意味って無に等しい。

心を込めて誰かにプレゼントを贈ったことはありますか?もらった瞬間ウレシイッて気持ちになりますか?

先週末、体調の悪さを怠け心のせいと思い込みながら無理やりミラノ大聖堂近くへ行った時、人ごみとイルミネーションがあまりにも凄かったので、負けじとシャッターを切ってみました。まさに今年からミラノ市としてイルミネーションを大改革するという試みがなされているようなのですが、成果はいかに?「週末ここらに来る人の大半は、ミラノ郊外から来ている人達だよ」と誰かが言っていました。皆イルミネーションを見に来た…わけではなく、両手いっぱいに紙袋をさげています。中身はプレゼントなのでしょうね。喜んでもらえるプレゼントを探すのは、大変だけど嬉しい、嬉しいけど疲れる。疲れながらもキラキラピカピカ光に溢れた夜景を見れば、また買い物する意欲が湧いてくる…ようならば、市のライトアップ大作戦も成功と言えるのかもしれません。

 

写真1:ガレリア内特設イルミネーション。幻想的なブルーです。

写真2:スカラ座前のイルミネーション。建物に天使のイメージが映写されています。

写真3:VITTORIO EMAMUELEⅡ通りからミラノ大聖堂にかけて。 

写真4:ミラノ大聖堂と巨大クリスマスツリー。大聖堂のてっぺんの黄金のマリアのライティングはいつも通りですが、何よりも目立つように感じます。

11/01/2007

2007.11 忘れがたき…!?



日本人の故郷へのノスタルジア

しばらく日本に帰っておりません。今は円安なのでチャンスと言えばチャンスなのですが、仕事や引っ越し、日常の細かな雑事に追われて計画がたてられないうちに2007年が終わろうとしております。トホホです。離れていれば尚なつかしき我が故郷。私の姉は私と違って博学な(勉強家という意味を込めて)国語教師なのですが、10月の詩の授業で室生犀星の“ふるさとは遠きにありて思ふもの”を取り上げたと言っていました。家を出たからといっても今の時代、“故郷に錦をかざる”か“夢破れ落ちぶれて帰るのか”といった厳しい状況はいまや聞かれませんし、ホームシックという言葉や症状はあるにせよ、ふるさとを思いひとり涙ぐむ...状況に追い込まれる事もあまりありません。(興味本位にWikipediaでノスタルジアという言葉を見てみましたが、19世紀末までには、精神医学のカテゴリとしての「ノスタルジア」への関心はほとんど消え失せてしまった。とあります。納得。)会いたい人にすぐに会えない寂しさ、食べたい物がすぐに手に入らない口寂しさというのは勿論ありますが!

イタリア人の日本へのノスタルジア

大層なタイトルをつい付けてしまいましたが、2006年夏に長崎から北海道まで『日本横断10日間鉄道の旅』を試みたMIRRO2(イタリア人)は、日本へは良き思い出の意味でのノスタルジアを感じる事がしばしあるようです。例を挙げると屋台でおじさんが太い腕でガシガシと野菜、麺を炒め直に鉄板焼きの上で出来上がるおいしいソース焼そば、お好み焼き、南と北とではスープの色も味も違うラーメン、そば、うどん。高速列車の中には今や必ずあると行って言いコンセントのプラグ、モスバーガー、狭い敷地にしっかり計画されてたてられた世界でも名の知られた日本の建築家による新しい建築物、動く巨大ガニ(by道頓堀)、ウォシュレット、駅ビル...と数知れず。これらがイタリアにもあったらいいなぁ〜という、楽観的な欲求とも言えるので、彼の場合はひらがなで表記し“のすたるじあ” もしくは“のすたるじぁ”とした方があったらなぁ〜という雰囲気が更に伝わってより良いかもしれません。

そんなMIRRO2の日本への“のすたるじぁ”No.1の座に輝くのは...

『自動販売機』だそうです。って...なんで?

がんばれミラノの自販機!

日本横断中、MIRRO2はあらゆる自販機を試しました。(ほぼ毎日、駅から自宅までの道のり、彼の道連れはその時自販機で買う事の出来る、あらゆる種類の缶コーヒーでした。)電車の切符に関しては、すべてどの種の鉄道にチャレンジするにあたっても自ら自販機の前に気合いを入れて立ち、路線図とボタンを解読して一枚の切符を購入することに情熱を燃やし(ラッシュ時には出来ない技ですが)、コインロッカー(イタリアと違ってほぼすべての駅にある事にまず感動。)のための小銭もしっかり用意。日本の自販機は100発100中!お札を入れてもおつりが間違えなく戻ってくる。更にJRではカードでピッ!とするだけで買える自販機がある( Suica対応自動販売機)。携帯で買える自販機がある。彼に言わせれば日本はまさに自販機ワールド!なのです。

勿論ミラノにも自販機はありますよ。特に2006年あたりから、市内交通機関の自動改札化(2007年現在ほぼ全駅)に伴いじわじわと切符の形式が代わり、新しい切符の自動販売機は新しいだけに故障の確率は少なく、更に定期の更新もできるという画期的な変貌を遂げております。(日本のそれと比べると台数も少なく、やたら一台が無駄にデカイ感じはしますが。)ただ、国鉄の自販機はまだよく故障しますし、たまにおつりが出なくて代わりに金額を明記したレシートが出て来て、窓口でおつりをもらわねばならない事態に陥る事も。駅や空港など警備体制が比較的整っている場所には、自販機があります。オフィスやお役所、病院などにもコーヒーやお菓子の自販機がちゃんとあります。しかし街中で自販機を見る事は残念ながらあまりありません。なぜってそれは、いわば小銭と商品が入ってる貯金箱を放置しているのと同じ事ですから!壊されるというリスクが儲ける事より先に立ち、日本のようにはいかないのです。逆に日本ではコンビニの前にも自販機があり、まるで待つ時間が数秒しかない人、言葉を交わして商品を買うのが面倒な方はこちらでどうぞ!といわんばかり。ちょっとやり過ぎ?という気もちょっぴりします。
先日、cadorna(カドルナ)という主要駅にて珍しい自動販売機を発見しました。フレッシュ乳製品の自販機です。日本には牛乳屋さんの脇に設置している所もありますよね。しかし...やや、ミラノでは初めてお目にかかりました。値段もスーパーとくらべてもそこそこ良心的。軒並みの食品の値上がりや、法改正など色々な要因があってこういった販売形式が脚光を浴びて来た?とも言えるのかもしれませんが、勉強不足ではっきりとした事は言えません。今度から乳製品の話題にもちゃんと目を通さなければいけませんね。朝食ヨーグルト派にはうれしい事にヨーグルトも買えます。何より生鮮食品なのでちゃんと品質管理をしているわけ(筈?)ですよね。前向きな姿勢を感じますね〜。

乳製品自販機をカメラに収めながら、夏にスイスの国境に近いボルミオという街に行った時、道中思わぬ所で牛乳の自販機を発見した事を思い出しました。こちらの場合は絞り立ての牛乳を、持って来たペットボトルに好きな量を選んでシュワッと入れてくれるというもので、友人と「実は機械の中に牛が入っているのだろう!」などと冗談を言って通り過ぎたものです。そう、イタリアでも治安の良い所には自販機が町中に存在するのです!自販機は安全のバロメータ!?いつかどこの都市でも自販機が見られる治安の世の中になるよう、心より願うMIRROメンバーなのでした。


写真1:cadorna駅構内。光り輝く自販機発見。

写真2:中には乳製品が。お金を入れて商品を選ぶと扉が開く方式。こちらの自販機の多くは、中身が見えるこれと同じ方式のものなのですが、安心感もあるし、パッケージデザインがよろしければそれだけでGood Design!

写真3:ヨーグルト80cent.1リットル牛乳1ユーロ50、半リットル80cent.

写真4:どうやらミラノの主要地下鉄駅各所に置かれているようです。お試しあれ。

10/01/2007

2007.10 もう一度勉強してみる?

寒さ増す今日この頃。もう一度勉強してみる?

10月に入り、開き深まるミラノの風景…などもお伝えしたい所だったのですが、ミラノ大聖堂前に漂う焼き栗の香りを置き去りに、一気に冬になってしまいました。寒くて肩こりがはじまる人も、早速流行りの風邪をもらって(今流行っている風邪は、熱が相当出る、鼻に来るという、会社・学校お休み必須の強力なものらしいです。こちらに来られる方は、気を付けてくださいね。)しまった人もいたりして、これからの寒さを考えると眉間にしわがよってしまいそうです。
 冬ごもり…するわけにはいきませんが、この時期、家にいる時間が多くなる事はたしかです。そんな出不精時間を勉強に使ってみるというのも、なかなか良いのでは?と思う今日この頃。さて、ならば何を勉強するかと言うと…

 やっぱり英語なんだよねぇ

前回も冒頭で触れましたが、イタリアの新学期は9月に始まります。夏休み中にリラックスした分、秋はみんなやる気に満ちて、新しい習い事のコースもほとんどが9月・10月に開講します。そんな中で人気が高いのは、趣味よりは実益を重視した語学コース。特に今注目されている言語は、やっぱり英語なんです。
 イタリアってイギリスも近いし、結構みんな英語喋れるんじゃないの?(“近い”の距離がどれぐらいかは考えず、日本より近いという意識)なんて私もはじめはいい加減な事を思っていたものです。しかし、イタリアってきちんと地図で見てみると、陸続きの隣国はフランス、スイス、オーストリアにスロヴェニア。どれも公用語として英語を使っていない国ばかりです。そんなイタリアも近年は小学校から英語教育を積極的に取り入れているようなのですが、以前は英語かフランス語のどちらかが必修だったり、オーストラリアに近い地域はドイツ語が(今でも)必修だったりするので地域によっても情勢によっても、そして年代によっても状況は違う様。英語が苦手なイタリア人に、「イタリアでは同じアルファベット(少し違いますが)を使っているから、私が英語を覚えるより、君達が英語を覚えるほうが簡単でしょう!」と言うと、「そりゃ読むのは簡単さっ!でも文法が違うでしょ。イタリア語はラテン語に属する言葉だから、同じ起源のスペイン語、フランス語は案外簡単に覚えられるけど。」との返事がかなりの確立でかえってきます。さらに、「こっちで会ったドイツ人は、ほとんどみんな英語が喋れたみたいだよ。」なんてうっかり言ってしまうと、「英語は“アングロサクソン語”でしょ。ドイツ人にとってはおんなじ種類の言葉だから覚えやすいんだよ。」と尽かさず返されます。皆口を揃えて言うのが「英語を読むのは簡単。でも何といっても発音がね…時間があれば勉強したっていいけどね。」私の知り合いは皆が皆映画好き。見る映画と言えばハリウッドものがやはりメイン。それもあって英語に興味があるのは確実。しかし、どの国に行っても大人はなかなか時間が取れないのです。とは言うものの、話しながら“近くに米軍基地があるのがいやだから覚えない!日本から離れなきゃ良いだけの話でしょう。”なんて言っていた、高校時代の自分が思い浮かんだりもします。みんな興味はあるんです。興味だけは…。

 マカロニ・イングリッシュって?

「英語やっときゃ良かった!」とこちらに来てから強烈に後悔することが多くなりました。英語がまずバッチリで、イタリア語がそれなりで、母国語が日本語だったら、仕事の時にも相当良いアプローチが…。でも私は英語が苦手です。そう、「記憶力がねぇ。そして何と言っても発音がねぇ。」
 いつまでも無いものねだりをしていちゃだめだと、一瞬こちらで市役所が主催する英会話コースを受講してみました。が、結果は散々。出席が今ひとつ出来なかったことも理由のひとつですが、イタリア人の英語の発音がわからないっ!Rはとにかく舌巻きますし、中の下のクラスだったので、英文を読み上げるとみんなイタリア発音の英語を連発。Begin=べいじん our=おぅる なんて当たり前。とりあえず高校までは何とか納めた英語の日本語発音が、いま、私の中で音をたてて崩れつつあります。イタリア語読みの英語。これこそが噂に聞いたマカロニ・イングリッシュ!

コマーシャルも的をついています。

先月まで頻繁に放映されていたコマーシャルがありました。あるイタリア人男性観光客が、イギリスのあの2階建てのバスに乗り、運転手に“Good morning!”と話かける…といったありきたりの何のひねりもないCMなのですが、その“グッドモーニング!”の発音の仕方が、“ゴォォドモルニング!”となるわけです。その彼の発音を聞いて、バスの運転手は急ブレーキを踏み、全乗客はのた打ち回ったあげく、倒れ、後続の自動車が衝突し…と、大変な騒ぎになるわけです。これは、確か新聞と提携したある英会話教材のコマーシャルだったと思うのですが、コミカルな上、痛いところをしっかりついているので、反響はかなりあったのではないかと思われます。実際に電車の中で、買いたてホヤホヤの同教材のパッケージを、じっくり眺めている人を見かけました。
 私がみた限りではありますが、ある目的を持って勉強を始めるイタリア人は、相当ガンバルし間違えても笑ってやり直すし、とにかく積極的です。あぁダメだ、通じない~!と、あきらめてしまう私にとっては、そんな彼らの姿勢を見ると反省することしきり。通じなくても話しかける。わからなければわかるように他の言葉を見つけて話す。もしくはつかさず次のターゲットを見つけて話しかける。ジャパ二一ズイングリッシュと言われようが、マカロニだろうがスパゲッティだろうが、あきらめないことが、何と言っても語学習得の第一歩なのですな~。


写真1:マカロニに人がつぶされる!ダイレクトなイメージの英会話学校ポスター。

写真2:日本でも有名なある英会話学校のポスター。イタリアで英語というとやっぱりイギリス英語なのです。

9/01/2007

2007.09 しまった16日までだった!


夏休み、バカンスのシーズンを過ぎて秋空深まる9月。“何処に行ってきたの?” “バカンスはよかったなぁ~。”という会話がこの国の仕事始め。2週目からは学校も始まり、(日本と違ってこちらの新学期は9月からなのです。)路上駐車の車もみるみる増えてまいりました。そんなあわただしい雰囲気の中、目をつけていた展覧会が9月11日、そして16日で終了!という事にいま気付きました!しまった!!

 誰もが知ってるイタリアのデザイナーといえば

そして“見逃しそうな展覧会“は、ミラノ中央駅前のクッキリ目立つ高層ビル、日本でも有名なタイヤ会社のピレッリ社のオフィスとして60年代に建設された“ピレッリビル”を設計した建築家でありデザイナーといえば言わずと知れた、Gio' Ponti(ジョ・ポンティまたはジオ・ポンティ)の展覧会。domus(ドムス)という雑誌の創刊者といえば、

もっとわかりやすいかもしれません。今回の展示は“Gio Ponti Designer”というタイトル、概要には1920年代からのテキスタイル、陶器作品の展示など約70点の展示とある。という事は、デザイナーとしてのプロジェクトをメインに展示しているはずなので、これまた見逃せない。ちなみにジョ・ポンティの命日は、1979年の9月16日とのこと。展覧会の最終日を決めるにあたって、何かしらの配慮があったのだろうか?

 話題性一番の展覧会

おなじく16日まで、同じ会場で行われている展覧会にコロンビアの画家ボテロ(Ferroni Botero)展がある。フィレンツェで学んだ事からか、イタリアでは取り扱い画廊も多く、人気の画家ボテロ。イタリアのみならず、ニューヨークMOMAをはじめパリやベネツィア等各国各地でその作品を目にすることができ、アジアでもまさに日本で開催された、2004年恵比寿ガーデンプレイスでの展示が皮切りとな

り、その名を知られるようになったとのこと。実は私もこちらに来るまでこの作家の名はしらなかった。しかしその独自のスタイル、インパクトある表現方法は、一度見たら忘れられない。彼の手にかかると、動物も、男も女も子供もそして花までも、ボッテリとふくよかな体系になってしまう。メルヘンか、はたまたルソーのような素朴派の影響を受けたのか?と一瞬思える画面なのだが、時事問題にも敏感でありつづけ、故郷コロンビア内戦の事実を訴える作品をシリーズとして制作するなど、強烈な政治的メッセージをも恐れず表現するもっとも画家らしい姿勢を崩さぬ画家なのである。甘い曲線の登場人物を現実の悲劇になぞらえるギャップが、何とも不気味なリアリティをかもし出し、何とも不思議で不気味でもある。会期中はボテロの彫刻がDUOMO周辺に設置され、大人気。私が彫刻の前を通ったときも、何組もの観光客が彫刻の前で記念撮影を行っていた。会期を過ぎても探せば必ずミラノに限らず、世界中どこかのギャラリーで、ボテロの作品を展示しているところが何件もある筈。興味のある方は、探してみてくださいね。日本にもおそらく数点は入ってきている事でしょう。

 私自身は今一つ、このボテロのスタイルをじっくり見てみたいと思えないため、野外彫刻のみで満足している…としたいところ。しかし今回の展示では150点余りのボテロ作品が集結とあるので、好奇心はある。絵画の世界をもっと知るため…というよりは怖いもの見たさで、時間が許せば行ってみるべきか。

まだ余裕がある!しかし気は抜けない。

 ここまで、今このブログを読んでくださっている皆さんには、過去の情報をお届けしているわけなのでお詫びしなければなりません。お詫びのかわりにまだまだ余裕のある展示をひとつご紹介。

 もう見逃すまい!同じくパラッツォ・レアーレで行われている11月11日終了の展覧会。(いまこの記事を書きながら、展示会期をつかさず手帳に書き込んでいます。反省の現われともいえる行為!)その名も“Italian Art 1968-2007”。イタリアの現代作家200点以上の作品が一挙に見られる素晴らしい機会。主に平面作品が展示されるという所も、映像や立体に押されがちな現在のアートシーンから見ると、魅力的な要素です。イタリア近・現代作家にまだうとい私にとっては、まさに勉強するチャンス。バカンスでスタートダッシュが鈍った9月、後半挽回しなければいけませんね。


展示情報
イタリアンアート 1968-2007 (Arte Italiana 1968-2007. Pittura)
会期:2007年11月11日まで
場所:パラッツォ・レアーレ Palazzo Reale(Piazza Duomo 12)


写真1:ボテロの彫刻、巨大な猫。DUOMOを背景にしてもこの迫力。

写真2:ボテロ展とフェッローニ展ポスター。ジャンフランコ・フェッローニ(1927-2001)展も行きたいのですが…。

写真3:パラッツォ・レアーレ。過ぎゆく展示の情報が。“Italian Art 1968-2007”と共に知られざる画家“マリオ・カヴァリエーリ展”は11月11日まで!

写真4:展示会場付近にはよく行くものの、なかなか開館時間内に行けず。ミラノの秋の夕暮れ空です。